数珠つなぎで聞き取りが続く…
| 学芸室より
企画展をしていると、お客さんから「邦坊さんのこれ知ってる?」など情報提供をいただく機会がグッとふえます。先日も数珠繋がりで邦坊さんを知る方をご紹介いただきました。そして、興味深い作品も見せていただくことに・・・
《虎図》扇子 昭和30年頃 まず見せていただいたものが扇子です。こちらは、琴平町にあった高級旅館・虎屋が出していたものになります。お茶会のときに用意したものかもしれません。扇子の骨部分に「虎屋」という印字がありました。直筆ではなく木版画になりますが(団扇ではなく)扇子はあまり見たことがありません。虎の表情も可愛いので、これは再版したら売れそうですね…
鶯色の玉藻焼
《柳》玉藻焼 昭和26年 邦坊は、茶会を様々プロデュースしており茶道具の絵付けも手掛けています。美術館にも玉藻焼の絵付けを所蔵していますが、今回は初めてみる珍しい玉藻焼を拝見しました。うまく写真が撮れていないのですが、こちらは鶯色の淡い黄緑色の釉薬がかかっています。同じ絵付けが8客ありましたが、それぞれ邦坊のサインや落款なく窯印もありません。しかし、高台をみると一目瞭然!乾いた土の色とクルっとひねったあとをみると玉藻焼とすぐにわかりました。これは初代の氏家常平氏の作陶になります。
嬉しい茶会の土産物
「みなづき会」は、昭和30年代に発足した会になります。官休庵の柾木花外氏が代表となり、琴電ホールやときわ別館、開拓会館、翠嵐亭(栗林公園)などで茶会を開催していました。茶会の参加者は数えきれないほど…と言われていますが、記録帳を見せてもらうと350人も参加していた年もあったとか。柾木氏は、邦坊画伯とは友達のように親しかったといい、邦坊とともに名物かまど主催の「うちわ茶会(かまど茶会)」の設えも手掛けています。「みなづき会」の名前がある布巾は美術館にも収蔵していますが、あまり茶会のことには詳しくなったので今回の聞き取りでいろいろ全貌が分かり始めました。河童の布巾は、藍の青さにマッチしていていますね・・・これも再販したらステキだろうな~と思いました。ちなみに、雛人形の布巾は、弊社灸まんのお茶会で配った土産物になります。邦坊の茶会=飾り団扇、というイメージがついていますが、実は茶会ごとに布巾や木版画、お盆など様々なノベルティが作られていました。(お店や流派を問わず)「お茶会に行くとなにか邦坊グッズがもらえる」という時代だったのでしょうね。
夢の邦坊美術館?!
所蔵者は、高松市内に在住の方ですが「むかし、綾川に邦坊美術館ができると聞いたら確保していたんや~」とお話していました。それは初耳!行政がそのようなことを考えていた時代もあったとは(←どれくらい本気だったのか分かりませんが)。結局、邦坊美術館は開館しませんでしたが、それでも最期まで暮らしていた地で「邦坊さんの美術館を作ろう~」と注目されていたことは嬉しいなあと思いました。ぜひ今からでも作っていただきたいくらいです(^^)