2・26事件で達磨さん死す
| 作品・資料紹介
2月26日は2・26事件の日
毎日、コロナの状況に一喜一憂していましたが、それどころではない戦争のニュースが紙面を覆い、現実離れした事実になんだか取り残された気分になっています。私には何もできないけれど世界史をもう一度学び直したいと思います。そんな86年前の今日(2月26日)日本も国事を揺るがす事件が起こりました。
昭和11年2月26日、雪が舞い散る寒い朝。陸軍の青年将校たちが大規模なクーデターを行い、首相官邸や大臣の私宅を襲撃。高橋是清や斎藤実などを殺害しました。当時の総理大臣の岡田啓介も狙われるなど、国家を揺るがす大事件として今日の歴史に記録されています。実は、このときの標的は政治家だけでなく新聞社も狙われていました。最も大きな被害を受けたのは東京朝日新聞社でした。そして、和田邦坊が所属する東京日日新聞も襲撃を受けていました。大河ドラマの「いだてん」でも主人公の職場(朝日新聞社)が将校たちに荒らされ社員たちが恫喝されるというシーンがありました。いつも明朗活発なマーちゃんもガタガタ震えあがり、死を覚悟するような場面が印象的でした。東京オリンピックの招致をしていた時期の話です。平和の祭典と戦争。なんだか今の令和の時期に重なることも多いですね…。
邦坊は、昭和15年に東京日日新聞を退職しているので、この事件が起こったときも新聞記者として在籍してました。この日は出社していたのか分かりませんが、ただ2・26事件に縁がある人物と何度も仕事をしています。それが達磨さんと言われていた高橋是清です。邦坊は雑誌『キング』のなかで「世渡り漫画問答」という連載をしており、そのゲストとして高橋を取材しています。多忙を極めていた高橋に対して、邦坊は短いインタビューの中で怒られながら様々な質問を投げかけています。高橋からは「珈琲を飲んでさっさと帰れ!」と何度も言われてしまいますが、部屋のなかにある仏像の話で機嫌をとりつつ、高橋の処世術をドンドン引き出していきます。しかし、後半になると邦坊の話術にひっかかってしまい「苦も楽もすべて薬になるのじゃ」「国家社会を思ってやっとる苦労は、苦が苦にならん」など饒舌になって持論を展開していきます。
「太っているから達磨だよ」
邦坊は高橋が2・26事件で襲撃された私宅にも何度もいっているようです。別の資料をみると「大臣を笑わせに行く 高橋大蔵大臣訪問記」という記事も発表しています。孫たちに囲まれている高橋の姿もあり、心を許した関係性も想像することができます。また、国の予算を指揮する高橋に対して「みんなが(あなたのことを)達磨さんというのはどういふわけですか」と失礼な質問もしています。しかし、それに対して「体が太っているからみんなが達磨、達磨というのだよ」と穏やかに回答しています。このように、邦坊のフィルターを通すことで読者も政治家・高橋是清という人物をどこか身近に感じることができていたことでしょう。ただ事件を起こした将校たちにとっては憎い相手だったのでしょうね…
達磨さんの癖を描く
最後に紹介する資料は「名士名流癖百態」です。邦坊が取材した要人たちの癖を面白おかしく漫画にした記事です。インタビューをしながら顔の特徴だけでなく仕草の癖までもメモしていたということでしょうか。なかなかユニークな記事ですが、邦坊の観察眼にも注目です。
耳の中の毛を引ッ張る 高橋蔵相
『僕』とか『君』とか青年のようなコトバを遣う。一言いふ度に顎を、あの無精髭の一杯生えてゐる顎をガクンガクンと下ろしたり上げたりする。『そうしなくてはならん』ガクンという調子だ、無精髭を手でしごきながらガクンガクンとやることもある。高橋さんの一番面白い癖は、詰らん相手の時に他見しながら、内密げに耳の中の毛を引張るのである。これがまた馬鹿に長い毛でね。
耳の毛を引っ張る癖までチェックしていたとは…!?高橋といえば様々な金融政策を断行したお固い政治家というイメージですが、また違った一面を知ってしまいました。
歴史の学び直しのきっかけに…
邦坊も何度も出会っていた人物が殺されてしまったことは、悲しいという気持ちだけでなく恐怖も感じたことでしょう。職場に軍隊が押しかけてきたことで「もう東京にはいられない」と思うのは当然です。2月26日を手掛かりにして収蔵資料を調べ直すと、歴史の学び直しの必要性をつくづく感じました。
ちなみに邦坊は5・15事件で暗殺された犬養毅のインタビューもしています。犬養について「小粒でピリピリと辛い、剃刀のような感じがします」と戦々恐々と表現しつつも「耳がでかくて鼠が歩いているようだ」とも書いています。愛があるような、ないような…(笑)似顔絵をみると、確かにお耳を大きく書いていますね。ただ犬養の大きな存在感をひき立たすように邦坊自身の存在は(犬養の横にいる人物)は小さく描いています。この対比こそが邦坊漫画の“らしさ”のように思えます。